ガラスの棺 第33話


「よろしいのですか、ユーフェミア様。ルルーシュ様のギアスを解除するということは、ユーフェミア様にとっては辛い記憶を知ることになります」

ジェレミアはユーフェミアに、そこ覚悟があるのか訪ねた。
ギアスに操られている間とその前後の記憶は残らない。
だから今のユーフェミアは特区での虐殺を知らないのだ。
だが、キャンセラーでギアスを解除しまえば、ユーフェミアはあの惨劇の全てを知ることになる。慈愛の姫と呼ばれるほど心優しい姫君が、その手で人の命を奪い、日本人を虐殺する命令を下し、行政特区の会場に血の雨を降らせた。
そのすべてを思い出すことになるのだ。
確かに彼女にかけられているギアスは厄介だ。
相手を日本人と認識したら最後、その命を奪うまで正気に戻れない。
だが、彼女がギアスに操られること無く生きることは可能なはずだ。
だから思い留まったほうがいいのではと進言したのだが、ユーフェミアの意志は変わらず、強い眼差しを向けジェレミアに命じた。

「行政特区の話は聞いています。たとえ私の記憶には無いことだとしても、それは全て私の罪なのです。知らないから関係ないといって済ませられる話ではありません。ジェレミア・ゴッドバルト。あなたに命じさせて頂きます。私にかけられたギアスを今すぐ解除しなさい!」

全ての罪を背負う覚悟を決めた強い意志を前に、この方は紛れもなく本物のユーフェミア様。敬愛すべき皇女殿下であられるのだとジェレミアは理解し、ならばと覚悟を決め、その左目に宿る力を開放した。


***

何が起きたのか、いや何が起こっているのか判らず呆然としていると、再びアヴァロンからの回線が開いた。
そこに映しだされたのはユーフェミア・リ・ブリタニアを名乗る女性。
そしてその後ろには、かつて悪逆皇帝に仕えていたジェレミア・ゴッドバルトが、ユーフェミアを支えるように立っていた。見ればユーフェミアは今にも倒れそうなほど青白い顔で、はらはらと涙を流していた。はかなげな姿であるが、モニター越しでもわかるほど、その瞳は力強く輝き、先ほどとはまた違う強い決意を宿しているのがわかった。

『・・・ナナリー、兵を引きなさい』

涙声ではあるが、それでも威厳を宿した声音でナナリーに命じた。
それが気に入らないと、ナナリーは眉を寄せ、ユーフェミアを睨みつけた。

『今は亡きユフィ姉さまのお名前を語るあなたは誰ですか?私は神聖ブリタニア帝国100代皇帝ナナリー・ヴィ・ブリタニア。その私に対して命令など身の程をわきまえなさい』

見下すような視線と態度でナナリーは言った。
その言葉を悲しげに聞いた後、再びユーフェミアは表情を改め、命じた。

『私は神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアです。ナナリー、あなたが皇帝としてそこに立つことを私は認めません』

皇帝という国の最高位にいる自分を、皇族でも貴族ですらもない見知らぬ庶民に否定されたことでナナリーは腹を立てた。顔を醜く歪め、まるでゴミを見るような目つきでユーフェミアを見下ろす。そんな腹違いの妹の姿に、ユーフェミアはますます悲しみで顔を歪めた。

『どなたかは存じませんが、あなたはユフィ姉様ではありません。皇族の名を語る愚か者には、相応の罰が必要ですね』

相応の罰。
それはフレイヤを指しているのだろう。
命を奪う兵器を軽々しく扱う姿は醜悪で、同じ人間とは思えず背筋が震えた。動揺してはいけないとユーフェミアは一度両目を辻深呼吸をした後、静かにいった。

『・・・ナナリー、あなた変わったわね。覚えているかしら、アッシュフォードの学園祭で話したことを。お兄様がいてくれれば何もいらない、そう言っていたあなたと今の貴方は別人にしか見えません。あなたこそナナリーの偽物ではないのですか?』

静かに、そして悲しげに零された言葉。
それはナナリーとユーフェミアしか知らないはずの会話。
あの日のことをナナリーは誰にも言わなかった。ルルーシュにさえスザクとユーフェミアが上手くいったということ以外は、姉妹の秘密だからと教えなかった。ユーフェミアもナナリーとルルーシュの存在を隠すため誰にも言わなかったはずだ。それなのになぜ目の前で涙を流す、ユーフェミアに似た人物は知っているのだろうか。

『あなたはとても優しい子だった。私がアリエスに遊びに行った日にルルーシュが熱を出した事を覚えているかしら?ベッドから出られないルルーシュのためにと、庭に咲いていたお花を摘みたいと言ったわね。そして私と二人で許可も得ずに摘み取った事をマリアンヌ様に知られて、二人揃って叱られたわ。このお花を見てルルーシュに少しでも元気になって欲しかったと泣いたあなたのこと、今でも覚えているわ』

それは、兄も知らない話だった。
ナナリーとユーフェミアとマリアンヌだけが知る話。

『ナナリー、今のあなたに皇帝を名乗る資格はありません。簡単に人の 命を奪う命令をし、自分のわがままを通そうとするあなたが国を統べる皇帝だと私は認めません』

偽物が知るはずのない話。
では、このユーフェミアは本物なのだろうか?
ナナリーは自分の体が震えていることに気づいた。
これは幽霊なのかという恐怖ではなく、あの人物が本物のユーフェミアならば、愛する姉に自分の行為を否定されたということになる。自分の目標であり、あこがれであったユーフェミアに。髪を長く伸ばしたのはユフィ姉様のようになりたかったから。行政特区を引き継ごうとしたのも、その優しさに憧れたから。そう気づいた瞬間、強いショックを受けたのだ。

『・・・あ、あなたに言われたくありませんっ!お、お忘れですか、ユーフェミアは虐殺皇女。100万人の日本人をだまし討にし、殺害したではありませんか!』

震える声で、そう反論するのがやっとだった。ああ、こんなことユフィ姉様に言いたくはないのに。あのお姉様があんな恐ろしいことをするはずがない。そう思っていても、言葉が口から自然とこぼれていた。そして、口にしたことをナナリーは後悔した。
モニターの向こうのユーフェミアは、悲痛なほど悲しげに顔を歪め、両目を閉じていた。青白かった顔がますます白くなり、今にも意識を失いそうに見えた。本物のユーフェミアがもし生きていたらきっとこうなるだろう、そんな姿に、ナナリーは動揺を隠せなかった。死んだはずの姉そのものの姿のユーフェミアの両目からはとどまること無く涙が溢れ、後ろで支えていたジェレミアが『これ以上はお体に障ります』とユーフェミアを止める言葉が聞こえてくるが、ユーフェミアは首を横に振っていた。

『いえ、大丈夫です。これは・・・これが、私の罪なのですから』

ユーフェミアは閉じていた両目を開き、再び力強い視線を向けてきた。その姿にナナリーは喉元を締め付けられているような息苦しさを感じた。

『その通りよ、ナナリー。私が、あの日、行政特区の・・・特区の式典会場で、日本人を・・・日本人の皆さんを・・・殺害、しました。そして、兵士の皆さんに、彼らを、殺すように命じました』

嗚咽を漏らしながら、ユーフェミアは告白した。
自分が命じて殺したのだと。
その姿に、ナナリーは呆然としながら首を振った。

『そ、そんなことありません!お姉様は、ユフィ姉様がそんな命令をするはずがありません!!』

先ほどの自分の発言を否定しながら、ナナリーもまた涙を流していた。
ああ、私はなぜあんなことを口にしたのだろう。
なぜユフィ姉様を苦しめているのだろう。
すでに死んだはずの人物との会話で完全に混乱したナナリーは、自分が今一体何をしていて、何を話していたのかもわからなくなっていた。
あの優しかったユーフェミアが日本人虐殺命令を出すはずがない。
だけど目の前のユーフェミアは命令したという。
あれはありえないことだ、映像が残っているが、アレが事実ならきっと兄がギアスで操ったのだ。ユーフェミアの意志ではなく、おぞましい悪魔の力で操られたのだから、ユーフェミアが罪の意識を持つのはおかしいのだ。
優しい世界、世界平和、ブリタニアと日本が手を取り合える場所。それを願っていたユーフェミアが、人を殺すはずがない。だって、こんなに苦しみながら告白しているのだから、やはりアレは本人の意志ではないはずだ。操られたなら罪はない。混乱する頭はぐるぐると同じような考えを繰り返している。
だが、その考えを知っているのかいないのか、ユーフェミアはきっぱりと断言した。

『いいえナナリー。私の口から間違いなくされた命令です。これは私の罪、私が彼を疑わずに信じさえすれば、起きなかったことなのです』
『・・・え?』

何の話だろうと、ナナリーは目を丸くした。
あれがルルーシュのギアスなら、信じずに疑えば起きなかったが正しいはずだ。だが、ユーフェミアは疑わず信じればと言った。それは全く逆の意味合いの言葉。

『私は信じればよかったの。あの時、彼の告白を。彼があんな冗談を言うはずなかったのだから、ただ信じさえすればよかったのに』

でも、冗談だと思ってしまった。
その結果があれなのだ。

『・・・・何の、話ですか・・・?』
『・・・聞いたわ、ナナリー。ルルーシュはゼロに殺されたそうね』

質問には答えず、質問を返した。

『・・・はい、悪逆皇帝を、ゼロが・・・』
『ナナリー。私ね、あの日は彼に別の命令をされるはずだったの』

青白く強張っていた表情をどうにか笑みに変え、ユーフェミアは言った。 どのような状況でも、ブリタニアの皇女として相応しい姿であろうとする彼女に心打たれる。

『・・・え?』
『あの行政特区の式典で、彼はこう言うはずだったの。・・・ゼロを撃てって』
『え!?』

予想もしない告白に、ナナリーは驚きの声を上げた。
ゼロを撃て?
あの当時のルルーシュはゼロ。
つまりルルーシュを撃てと命令をするつもりだったと?

『ルルーシュはね、そのための銃まで用意してたの』

本来、ユーフェミアは銃を持っていないはずだった。
だがあの日の式典でユーフェミアは銃を持っていて、それを日本人に向けて発砲していた。その銃は元々、ルルーシュを撃つためにルルーシュが用意されたものだったという。意味がわからないと、ナナリーは首を振った。

『・・・わからないかしら、ナナリー?あなたはその目で同じ状況を目撃したはずよ?悪逆皇帝は、同じ命令をゼロにしたの。私は断ったけど、ゼロはそれを受けた。もし私が行政特区の式典で彼の命令を聞いていたら、あの日死んでいたのは私ではなく、ルルーシュだったのよ』

ゼロの衣装は薄すぎて、中に防弾チョッキを着れるようには出来ていない。あのマントも凶弾から身を守るには薄すぎる。確かに口径の小さな銃ではあったが、死なない保証など無いし、何よりあの場にいたゼロの味方はただ一人、C.C.だけだ。手傷を負ったゼロが無事にあの場所から逃げ出せた可能性は低い。間違いなくユーフェミアが撃った瞬間に、近くにいたブリタニア兵がゼロの身柄を抑えただろう。あの中にルルーシュのギアスがかかった兵がいた可能性はあるが、それでも絶対に無事逃げ出せる保証はないし、ガウェインたった1騎で倒れたゼロの身柄確保できるとも思えない。何か策はあったのかもしれないが、分の悪い賭けであったことだけは疑いようがない。

『ルルーシュは死ぬ瞬間まで、私のよく知るルルーシュだったわ。だけどナナリー、あなたは変わってしまった。私の知るナナリーは優しい子だったけれど、今のあなたはただの暴君。私はあなたを軽蔑します』

大好きだったユーフェミア。
憧れの女性。
そんな人物の否定にナナリーは全身を強張らせた。

『今のあなたを見たら、ルルーシュもきっと悲しむわ』

ユーフェミアは6年前に死んだ。
今そこにいる人物は、6年前の、16歳のままのユーフェミアの姿で、死んだあの日から時間を越えてきたかのような錯覚すら覚えた。そんなユーフェミアの口からルルーシュが見たら、という言葉を聞き、ナナリー青ざめさせた。
ユーフェミアがこうしているのだ、ルルーシュの遺体が綺麗なままなのは、今も生きているからなのかもしれない。・・・知られてしまう、この争いを。
あの優しい兄が今の自分を見たら。
こんなやり取りをするナナリーを想像さえしていないルルーシュが見たら。
自分の命を使い、世界から争いを取り除いた優しい兄。
そんな人が、フレイヤを手に口汚く罵り合うナナリーを見たら。
完全に血の気が引いたナナリーは、何も口にすることが出来なかった。

ナナリーが沈黙したことでブリタニア軍は戦う目的を失ったが、黒の騎士団、いや超合集国議長皇神楽耶はこれはチャンスだと判断した。
ナナリーはこの偽物のユーフェミアに言いくるめられ動けない。
ジェレミアは戦場を離れ、C.C.とゼロはKMFから降りている。
戦えるのはモルドレッドとトリスタン、そして裏切り者の紅蓮と一部の騎士団員。
あの凶悪な戦闘力を持つ蜃気楼が居ないだけでも勝率が上がる。
敵と味方が明確になったことも好機と言っていい。
通信を制限し、相手に気づかれないよう布陣を整え、一気に叩く。
恐らくナナリーはもうフレイヤを使えないから、こちらも使う必要はないし、何よりリミッターは未だ解除できないため威力もたかが知れている。
強力な力を持つ3騎を惹きつけ、特攻隊が裏切った雑魚達を蹴散らせば、主力部隊で沈みかけの新生アヴァロンに強襲をかけられる。
勝てる。
神楽耶がほくそ笑んだ時、オープンチャンネルに新たな通信が入った。

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